食パンマンの生き様が、ドキンちゃんにめちゃくちゃモテる具体的な理由を考察してみよう

 

ンパンマンは普及の名作だ。

 

やなせたかしさんの手によりこの世にうまれた

彼はスーパースターだ。

 

愛と勇気だけが友達のアンパンマンは

いつも子供たちのヒーローだ。

 

しかし、僕はこのアニメに出てくる主人公ではなく、

名わき役にスポットライトをあてて、

なぜ彼がドキンちゃんの胸をいつもドキンドキン

させられるのかを探っていこうと思う。

 

そう、いつの時代もどんな環境でも

モテる男には不変の法則というものが存在するものだ。

 

 

〇この記事はこんなあなたにオススメ

・人生でモテたことがなく、モテたいと思っている人

・なぜ、あの人はイケメンじゃないのにモテるのかを知りたい人

・自分の価値が何なのか分からずにいる人

・自分の名前で勝負をしたいと思っている人

 

 

〇目次

ヒーローを引き立てる名わき役は常に存在する

周りとの比較に落ち込んでいた食パンマン

食パンマンが毎朝かかさない習慣

希少性とは、つまり「価値」である

ドキンちゃんは本質を見抜く力を持っている

食パンマンの生き様から学べるもの

 

 

ヒーローを引き立てる名わき役は常に存在する

 

僕は小学生の頃、大のテレビっ子で特にアニメは

どんなアニメも好んでたくさん見ていた。

 

お決まりはやはり、ドラえもん、クレヨンしんちゃん。

 

金曜日の夜7時はゴールデンタイムだった。

 

だが、もう1つの時間帯、日曜日の朝早くも

実はひそかに好きな時間にしていた。

 

それは、一休さんとアンパンマンがやる時間だ。

 

今回はアンパンマンについて考察してみるが、

僕はアンパンマンの中で食パンマンがどうにも気になる

存在であった。

 

それは、なぜか。

 

アンパンマンに登場するキャラクターは、

実に3000体近くも存在する。

 

ごくまれに登場するキャラから頻繁に登場する

キャラまで様々なキャラがいるわけだ。

 

どのキャラも美味しい食べ物がモチーフに

なっており、自分の大好物のキャラクターを

好きになるシステムで子供に人気が出ていることも

事実であると思われる。

 

しかし、食パンマンはどうかと考えてみる。

 

 

 

食パン。

 

 

そうか。

 

ジャムもバターもチョコレートも

塗られていない。

 

カレーもあんこも何も塗っていない。

 

そう、食パンマンだけ何も塗られていないのだ。

 

僕はこの事実に気づいたときに、

彼、食パンマンの壮絶な闇とそこから立ち直った

であろう不屈の精神を思わずにはいられなかった。

 

彼は、アンパンマン、カレーパンマンに続き、

このアニメのビッグ3の一角を担う存在なのだ。

 

何も塗られていないにもかかわらず。

 

もう1度言う。

 

何も塗られていないにもかかわらず、だ。

 

 

周りとの比較に落ち込んでいた食パンマン

 

 

では、なぜ彼がビッグ3の一角を担えるのか。

 

そして、なぜ何かを自分に塗ろうとしなかったのか。

 

僕は彼の過去を垣間見ることにした。(妄想の回想)

 

このアニメのキャラクターはこのアニメに生を受けた

瞬間から自分は何の味で勝負するか、なんの果物、料理で

勝負するのかを選択する義務が課せられていた。

 

ジャムを塗る物、バターを塗る者。

 

カバになる者。

 

カレーを塗る者、アンパンを塗る者。

 

この料理や果物、動物というのは早いもん勝ちであり、

一度取られたらそのキャラは重複を避ける為に、

同じものを選んではいけないオキテであった。

 

かつて幼く、か弱い存在であった食パンマン。

 

幼少期、自分は何になろうかと色々と考えていた。

 

幼馴染の何も味のついていないパン達は、

アンパンを塗るなり、カレーパンを塗るなり、

可愛くメロンパンになるなりと個性を発揮し始めていた。

 

しかし、食パンマンは自分は何が好きで

どんなことに向いているのか全く分からずにいた。

 

自分はどんな存在になりたいのだろう。

 

どんな料理になりたいのか。

 

どんな味で勝負したいのか。

 

いくら考えてもわからない。

 

真面目で繊細な彼は周りと比較し始め、

自分が個性を発揮できずに出遅れているのを

感じ始めていた。

 

いつしか、焦りを感じ始め気持ちを塞ぐようになったのだ。

 

自分がこの世に生まれ、どんな使命を持っているのか

なんてわからない。

 

自分という存在が分からない。

 

1年たち、2年たち、月日がめくるめく流れていく。

 

ずっと悩んでいた彼。何で勝負するか決まらない。

 

自分が分からない。

 

こんなに思い悩むんならいっそ、死んだほうが

マシかもしれない。

 

そう思うまでに追い込まれ始めていた。

 

まさにアイデンティティクライシス寸前の状態だ。

 

食パンマンが毎朝かかさない習慣

 

孤独に苛まれた彼は、いつしか鏡の前で

自分の姿をいつも見つめるようになっていた。

 

平たい食パンの顔。

 

何も塗られていない顔。

 

質素な顔。

 

周りの友達はみんな自分の個性を発揮しているのに。

 

自分だけ、味気ない食パンのまま。

 

どうしたら良いのか。

 

彼は毎日毎日、毎朝毎朝、鏡の前で自問自答していた。

 

そう、実はこの毎朝、鏡の前に立ち自分の姿を

移してこれからの自分を熟考するという習慣が

実はとても重要な要素をはらんでいたのだ。

 

今は亡き大起業家で、アップルの創業者である

スティーブジョブズは毎朝鏡の前に立ち、

 

今日が人生最後の日であったなら、君はどうするか

 

と問いかけていたそうだ。

 

アップルのスタイリッシュなヒット商品の数々は

ジョブズのこの習慣の賜物なのだ。

 

食パンマンに戻る。

 

そして、そんな繰り返しの日々にある日

彼、食パンマンは稲妻のごとく何かにひらめく

瞬間に遭遇したのだ。

 

 

希少性とは、価値を引き立たせるものである

 

 

食パンマンはいつものように鏡の前に立ち、

自問自答しだした。

 

このままじゃダメになる。

 

味気ない顔、味気ない人生のまま幕を閉じるのか。

 

これからどうするのか。

 

すると彼の脳裏に、稲妻のごとくある考えが浮かんだ。

 

そ、そうか。

 

味なんて、なくても良いのだ。

 

僕は、僕じゃないか。何かで着飾る必要なんてない。

 

この素材で勝負を挑むのだ。

 

裸一貫の姿で。ありのままの姿で勝負を挑むのだ。

 

そう、彼の脳裏に浮かんだ啓示にも似た考えというのは

「味付けをしない、素材で勝負する」というものだった。

 

今までは、何かになろう、何かになろうと必死になっていた。

 

しかし、彼には食パンという最強のベースがすでに存在していたのだ。

 

僕は何も塗らない。塗る必要なんて最初からなかったんだ。

 

つまり素材の味で勝負する。

 

食パンは食パンのままで勝負を挑む。

 

「食パンマン」という生き方は、

彼の「覚悟の表れ」そのものなのだ。

 

「食パンマン」とは生き様なのだ。

 

究極の逆張りである。

 

誰もが「何かになろう」と躍起になり、

顔面に味を塗りたくり、アンパンになり、

カレーパンになり、ジャムになり、バターになり、

カバになり、ばい菌になり、、、etc

 

しかし、あえて彼はそのままで自分の存在を

示しこのやなせたかしさんのフィールドで

勝負を挑んだのだ。

 

つまり、周りとの土俵から外れ、

自分の土俵で勝負をすることを選んだのだ。

 

これぞ、究極の希少性

 

芸術作品なんかでトイレの便器をそのまま

作品として出して有名になり、美術の教科書なんかに

のっちゃうあんな感じだ。(例え分かりにくい)

 

彼は、究極のブランディングをやってのけたのだ。

 

僕、ごーせんはその生き様をものすごくカッコいいと思う。

 

なかなか、マネできない。

 

 

ドキンちゃんは本質を見抜く力を持っている

 

 

よく、個性がない、自分には取り柄がないと

いって悩んでいる人を見かける。

 

しかし、食パンマンを見習ってもらいたい。

 

彼は個性どころか、「個性がない」ことを

逆手にとって勝負をしているのだ。

 

この覚悟が分かるだろうか。

 

ドキンちゃんがなぜ、あんなにも

「食パンマン様~♡♡♡」と常に

食パンマンを追いかけるのか。

 

それは、ドキンちゃんが食パンマンの生き様

と彼の孤独にほれ込んでいるというのが答えだ。

 

ドキンちゃんは本質を見抜いているのだ。

 

周りに合わせず、周りと群れず、孤高に生きる

食パンマンの生き様、その本質を。

 

闇と向き合い、生き地獄を何度も反芻して

どん底をむしゃぶり尽くした男の生き様を。

 

カッコいい。

 

彼は実にカッコいい。

 

モテる男はなけなしの頃から孤独に自分を

磨いているものなのだ。

 

群れることなく、孤独を愛し、自問自答する。

 

群れる羊ではなく、孤高のオオカミがモテるのは

当然のことであろう。

 

食パンマンの生き様から学べるもの

 

しかも、彼は負けてあげているのだ。

 

アンパンマンにトップの座をあえて

譲ってあげているのだ。

 

それは圧倒的な実力を兼ね備えた者にしか

出来ないチョイ負けの流儀である。

 

マウンティングを取るのではなく、

あえて負けてあげ、自分はそっとわき役の

位置に立つ。

 

僕はやなせたかしさんが食パンマンを

生んでくれて本当に良かったと思っている。

 

自分の才能は何なのかと自問自答するすべての

人にこの食パンマンの姿は応えると思う。

 

もし、あなたがこの記事を読んで食パンマンの

生き様に感動を覚えてくれたのなら、

あなたがあなたとして生きるための大切な

要素を学べたんじゃないかと考えている。

 

そうならば、プロライターとしては本望だ

 

これは妄想による妄想の物語である。

 

つらいときは、スキップ。

 

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